袖振り合うも多生の縁

自分以外の人生なんて知らないもんだから、ごく当たり前としてきたことのひとつに「臨死体験」があります。
今まで何度か、死にかけたことがあるんですね。
なぜこんな話をするのかと言うと、死と隣り合わせの状況になると必ず起きることがあります。
それは見たこともないような不思議な光景とともにやってくる、心の中に直接伝わってくるようなメッセージです。

その感覚は特別で、言葉で説明できるものではないし、今あの感覚を全て思い出すことも難しい。意識がしっかりしている状態では受け止め切れないほどの情報量とリアリティがあるんですね。

僕は何度もこの体験をしており、それは掛け替えのない体験だと思っています。人生の価値観をひっくり返すほどのインパクトがあります。

世の中の真理は、誰かに教えてもらわなくても自分が知っています。知っていることを意識できていないだけです。つまり頭で考えても知らないのと同然です。知っているのは頭ではなく、胸や腹と呼ばれている心や魂の部分です。ですから外から学ぶのと同じように、内なる探究を続けていくことにも価値があるのです。

袖振り合うも多生の縁。
あなたは、街ですれ違った見知らぬ人のことをどう捉えるでしょうか。全く関係がないように感じるかもしれませんが、意味があります。偶然は存在せず、全ては意味があってそこにあり、あなたが観察しています。その意味をあなたが知らないだけです。わたしたちの頭はその程度ですから、よくよく深い意味について考察したり感じ取ったりする身体を与えられているのです。

コメント