自動口述、自動筆記

わたしはたまに、自動筆記や自動後述をします。意識的にコントロールしてやれるものではなく、そのタイミングは神の手に委ねられています。

しかしそれが起きる時、それは必然であり、完璧なタイミングであることを疑う余地はありません。過去の経験上それは間違いがないと言えます。必然のタイミングに必然の内容が示されるのが自動口述や自動筆記です。それを受け取ったタイミングでは内容の全てを理解出来ていないでしょうし、そのタイミングである理由にも思い至らないはずです。自動で口述・筆記される内容は奥深く示唆に富み、時に応じて内容の理解も変わる内容ですらあります。

そしてそれらは、必ずそれを受け取るべき相手がいます。自動筆記の場合は自分自身へのメッセージでもあるため、読める媒体となります。自動後述の場合は話している間、眠っている場合が多いですので、自分自身が直接そのメッセージを受け取るケースは変性意識状態のケースを除いて稀であると思います。しかしそこに第三者がいる場合は、その第三者がそれを聞いていると言う事実に意味があります。

コメント