輪廻転生が有るか無いかについて。
ある視点からすれば、あります。またある別の視点からすれば、ありません。この議論において、己という魂にとって、あるいは現世のある意味固定された観念を常識に置いて有益か否かという観点からどうしても外れられない人が多いのです。
輪廻は存在するどころか、究極的にわたし(和多志)たちの全ては同一の存在である、と述べたらあなたは驚きますか? 懐疑しますか?
それでもわたしたちは、昨日までのわたしたちと同じように振る舞うことができ、不便はありません。あなたは他者と同一の存在であることを意識してもしなくても、これまでと同じように生きていけます。
例えばわたしがこの世の人生を終えて死にます。するとわたしは、別の誰かとして産まれてきます。そしてその人生も終えて、次にまた別の誰かとして産まれてきます。
それを永遠のように繰り返します。生まれ変わる時、時系列はありません。すべては同時多発的に起きています。つまり、わたしたちは、違う肉体の中に生まれてきた自分自身を見ているだけです。
今この地球上にいる80億人の人間も、ありとあらゆる意識の存在も、すべて、あなたです。ただし、それぞれの魂は互いの記憶を共有していません。産まれてきた時にリセットされています。
因果応報について考えてみてください。
この次元で物事を捉えると、相手に対してやったことは、いずれ自分に返って来るという言葉の意味がよくわかるでしょう。あなたが誰かを傷つけたら、いずれあなたは傷つけられた側の人としての経験をどこかでするのです。なぜならその相手もあなただからです。
あなたは今、目の前でこの瞬間に起きていることを変える力を与えられています。それがどれだけ偉大なことなのか、あなたは認識できていないかもしれません。
この人生を死しても終わらぬのだという認識が正しくできるようになると、投げやりになったり問題から逃げようとすることがどれほど罪深いことであるのかが理解できるようになってきます。
ところで、わたしたちの究極の同一性とはどのような存在なのでしょうか。
光と闇によってそれはもたらされました。もう少し科学的な表現をするとすれば、対消滅し合う関係性です。秩序はカオスから生まれ、エントロピーの増大に逆らうものがエネルギーであるということも体感的にわかります。
ではなぜそのようなことが起きたのか?
それについてはそのうち書きましょう。

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